「信じていれば夢は必ず叶う」
いたるところで持て囃されているフレーズですよね。
このフレーズがこれほど多用されている理由の1つとして、聞く人が聞けば耳に優しいという点が挙げられると考えてます。
というのも、この言葉を表面的に捉えたら「信じているだけで夢は叶う」とも解釈できるからです。
行動なくして夢が叶うなんてありえませんし、このフレーズにも行動ありきと言う前提が含まれていると思うのですが、果たしてみんながみんなそこまで認識しているのでしょうか?
というわけで、僕が先日「信じていれば夢が叶う」というフレーズを耳にして違和感を感じたケースを紹介していきます。
友人とある女の子の話
先日、嵐ファンの女の子を含む数人で食事をしていた時のことです。
私、櫻井くんのことが好きで仕方なくて。できれば結婚したいと思ってる。
えー、マジか!いいと思うよ!
でも、絶対叶うわけないしなあ・・・
いやいや、信じてれば絶対叶えられるって!俺の知り合いにもずっとマイケル・ジャクソンに憧れてた人がいたんだけど、ずっと会いたいって願ってたら本当に会えた人がいるし。
そうかなあ。でも、ただ会うのと結婚するのはわけが違うし。
大丈夫!俺たちでできることあったら何でも協力するし、みんなの力があったらその夢だって叶えられる!
こんなやり取り、リアルであるのかって?
ほんとにあったんです。傍で聞いてて口を挟みようもないのでひたすら俯いてました。
ツッコミどころが多すぎますが、今回のテーマと関係あるところだけピックアップしていきます。
それ、本当に叶えたい夢なの?
件の女の子は「櫻井くんと結婚したい」と言いつつも、それが絶対無理であると思っているようでした。
結婚に繋がるような行動を起こしているわけでもないですし、僕から見ても叶うはずがない夢だと思えました。
そういう意味では、「信じていれば夢は叶う」というのは確かに一理あって、信じてもいない人にはそもそも夢を叶えるためのチャンスすら訪れないことでしょう。
僕にはこの女の子が心の底から櫻井くんとの結婚を望んでいるようには見えませんでした。
違和感の正体
そんな女の子に対して「信じていれば夢が叶う」ことを友人が力説するわけですが、なんなんだろう、この時感じたこの違和感の正体は。
もし僕がなんのツテもない芸能人との結婚が叶うものだとしていることに対して違和感を感じたのであれば、もしかしたら疑うべきは自分の価値観なのかもしれません。
それって例えるなら、イチローがプロ野球選手になるために子どもの頃から日々地道な練習を積んでいたことを鼻で笑っていた周囲の人間と同レベルではないでしょうか。
だから「芸能人との結婚を目指すという夢」そのものに違和感を感じたのであれば、僕自身の器が小さいということでしょう。
そうであればこの考え方は改めたい。
もう1つ違和感のポイントがあるとすれば相手が叶える気がない夢を応援しようとしている姿勢でしょうか。
そこに生じる温度差は、傍から見ていても言いようのない気まずさを覚えます。
結局僕が感じた違和感の正体は分からないままなのですが、後出しで考えられる理由はこの2つぐらいですね。
みなさんは他に違和感を感じるポイントはあったでしょうか?
余談:なんの集まりだったの?
ここから完全に余談です。
こんな話が出る食事会って、どんな集まりだよ!?って話です。
おそらく予想できた方もいることでしょう。ネットワークビジネス関係の集まりです。
あの集まりって「夢」って言葉を殊更強調するんですよね。
「信じていれば夢は必ず叶う」という言葉を使うのも確かに聞こえはいいんですが、ネットワークビジネスの特性上、冒頭で挙げた聞く人が聞けば耳に優しいという効果を悪い意味で使っているように思えてなりません。
さいごに
特に叶えたい夢がないことも悲しいですけどね。
以上!
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