子どもは親の都合だけで生まれてきます。
大きく言えば、種の存続のため。
あるいは、もっと人間の感情に沿って見るなら
- 愛する人との子どもが欲しいから
- 世間体のため
- 本意ではないが、できてしまったから
- 自分の老後の面倒を見てもらうため
- なんとなく夫婦だけだと寂しいから
- 親を安心させるため
僕が思い付くのはこれぐらいですが、いくら綺麗ごとを並べても親の都合で子どもが生まれてくるという事実は絶対です。
生まれる前の子ども(話がややこしくなるので受精時点、とでもしましょうか)に意思はないんだから、当然です。
もし生まれる前に、子ども自身がこの世に生まれるかどうか選べるとしたら?
果たしてどれぐらいの子どもが生を受けることを選ぶのでしょうか。
僕は、できることなら生まれてきたくはなかった。
今回は、そんな話。
僕が生まれてきたくなかった理由
命の誕生は素晴らしいことだと、こういう人もいるでしょう。
命が誕生する瞬間の感動を知っている人なら尚更だと思います。
でも、僕はそうは思わない。
生きることには、痛みが伴います。
基本的に生物が他の命を奪わなければ生きていけないということが1つ。
僕が生まれてこなければ、助かる命もあったはずです。(分かりやすい例で言うと肉食ですね)
次に、人間関係。
20年も生きれば、誰しも人間関係での苦悩を味わうでしょう。
文字通り身を切るような痛みを味わうことも珍しくないはずです。
生まれて来なければ、そんな苦しみを味わう必要はありません。
逆に人間関係でしか得られない喜びもあるって?
そんなもの、生まれて来なければそもそもその喜びを知らずに済むんですから、問題ありません。
一度知ってしまった喜びはまた欲しくなるものですが、一度も経験してないのであれば、それが手に入らなくてもそこに苦しみは生じません。
だったら生まれてこなくても良かったじゃないですか。
生まれてきた以上、屁理屈並べて逃げてないでもっと努力しろって?
ごもっともな意見ですね。でも、なんの薬にもならねーよ、そんな意見。
子どもを生むリスク
世の中どんどん生き辛くなっていると思いませんか?
貧富の差は拡大し、ミサイルが上空を飛び交い、地球温暖化は進み、地震が頻発し・・・挙げればキリがないですが、今後これらの事態はさらに悪化すると考える方が自然ではないでしょうか。
これから生まれてくる子どもは、そんな世界で生きていかなければなりません。
本当に幸せになれるのでしょうか?
リスクは他にもあります。
- 最近話題になっている高齢者が起こす交通事故に巻き込まれないか?
- 五体満足で生まれてくれるのか?
- 生まれてきた子どもが犯罪を犯す可能性は?
- 莫大な教育費を払えるのか?
- 子どもがストレスの余り自殺してしまったら?
そんなこと考えていたら何もできないって?
それはそうですが、無視できる話でもありません。
僕はこれだけのリスクを抱えるのが怖いし、こんな危険な世の中に親の都合だけで生まれてくる子どもが不憫でなりません。
それでも僕は、子どもがほしい
さんざんネガティブなことを書き連ねましたが、それでも僕はいずれ子どもがほしいと思っています。
理由は・・・分かりません。
なんとなく、でしょうか。冒頭で挙げた理由が複合的に重なっているのだとは思いますが。
でも、自分が生まれてきたくなかったのに子どもを作るなんて、筋が通りません。
「なんとなく」で子どもを作ってしまうから、不幸な子どもが生まれてしまうのだという気もしています。
それに、僕のような精神的に子どもなままの大人が子どもを作るから、世の中が不幸な方向に進むのでは?
考えるほどマイナスな考えが浮かびます。
以前、以下の記事で「できない理由を探すことは愚かだ」という旨の発言をしました。
役に立つ・立たないの判断に時間をかけるぐらいなら、ひとまず始めてみる - かつおログ
偉そうなこと言っといて、今まさにそんな状態。
他人(子ども)の命が絡むと、何も言うことができません。
苦しい。どうしたらいいんだろう。
最後に
世のお父さん、お母さんが子作りに踏み切るきっかけってなんなんでしょうね。
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