ニートに対してポジティブなイメージを持っている人はまずいないと思います。
だからこそ、実際に自分がニートになってしまった時の自己嫌悪感は言葉では表せません。
今までさんざん忌み嫌ってきた存在に、自分自身がなってしまうんですから。
でも、本当は恥じることなんてないはずです。
追い詰められて、追い詰められて、命からがら逃げだした結果ニートになってしまった。
そんな人間を誰が責めることができるでしょうか。
某広告代理店の過労死問題も記憶に新しいですが、むしろそんな状態になる前に逃げ出せた勇気は称賛されるべきだと思います。
逃げるのって勇気がいるんですよ、本当に。
そこまで追い詰められると、とても新しい仕事を探せるような精神状態ではありませんから、必然的に「逃げる=ニートになる」です。
ここで逃げたら社会不適合者。その選択がどれだけ重いか、経験したことがない人に想像できますか?
ニートを責める人
ところが、そんな人間を「ニートは甘え」だとか言って責め立てる人もいるわけです。
そうやってニートを精神的に追込んでいく。
そんな無神経な発言ができるのは「俺は頑張っているのに、できないお前は甘えている」という気持ちがあるからではないでしょうか。
なぜ自分の物差しで語るんでしょう。
あなたと他人の能力は違いますよね?
あなたと他人の職場環境は違いますよね?
相手の能力を考慮せず、相手の環境を考慮せずに発言するという点では、小学生に向かって「微分積分ができないなんて甘えだ」と言うのと同レベルです。
僕も新卒で入った会社で精神的に追い詰められ、1年とちょっとで辞めてしまいました。
その後4ヶ月ニート(+引きこもり)を経験しました。
誰でもできる、大した仕事内容じゃないと思っていました。
そんな仕事もできない自分は、この先どこに行っても通用しないだろうと思いました。
辞めた後はプライベートでも人に合わせる顔がなく、特にニート生活最初の1ヶ月は昼間からカーテンを閉めて電気も点けずに部屋でうずくまるか、ひたすらソシャゲをして、お腹が空いたら近くのスーパーで菓子パンやカップ麺を買ってきてそれを食べるだけの日々を繰返していました。
この行動だけを見るとアホみたいに楽な生活をしているように見えると思います。
でも、正直この期間は仕事をしている以上に辛かった。
どうせ社会に居場所がないんだから、死んでもいいとも思いました。
幸い、家族をはじめ周りの人たちは「そんな会社辞めて良かったよ」と言ってくれる人たちばかりで、徐々に外出もできるぐらい回復していき、なんとか4ヶ月でニートを脱出することができました。
ニートへ理解のある社会になってほしい
確かにニートが長期化していてなんの危機感も持っていないとしたら、それは良くない。
でも、ニートの状況もそれぞれです。
状況を知らない人がニートを一括りにして甘えだと言う風潮だけはなくなってほしい。
その一言が間接的に誰かの命を奪う可能性だってある。
ニートへの理解・・・というと語弊がありますね。
「今ニートであるその人個人」への理解が深まるような風潮になることを強く望みます。