かつおログ

低収入のサラリーマンが楽しく生きるための方法を考案するブログ

「なんであんな面白くない記事が読まれるの?」について

Hatena Feedly

f:id:Katsuox:20170222224840j:plain

「なんでこんな内容のないクソみたいな記事がこんなに読まれてるの?」

 

って、思ったことないですか?

僕はあります。主に自分が書いた記事について。

 

ただ、もしこれが他人の記事に対して抱いた感情であれば、どす黒い嫉妬に発展してしまうこともあるかもしれません。

 

しかし、そもそもそんな感情が湧いてくるのは「自分の物差しでしか物事を見ることができていないから」なのかもしれません。

 

今回は最近感じている「読まれるクソ記事」についての考察です。

 

なぜあのクソ記事は読まれるの?

面白くない記事が読まれる要因。もちろん1つではありません。

 

有名人をはじめ、一般人でもある程度の発信力を持つ人であれば、固定ファンがいるでしょうから、その人が書いたものであればファンの方々はクソ記事だって喜んで読みに行くはずです。

 

これがまず考えられる要因の1つですが、今回語りたいのはこういう方向性の話ではありません。

 

僕が思うのは、内容が無いからこそ読まれてしまうというケースがあるのではないかということ。

 

一見すると矛盾しているように思えますが、そんなことはありません。以下、どういうことか見ていきます。

 

内容が無いクソ記事の価値

例えば想像してみてください。

 

仕事で顧客に向かって"A"という事実を主張しているのに、「根拠は?」と訊かれると「ありません」と答えてしまうような人。

失笑される姿が目に浮かびますよね?

 

ブログの記事でも同じです。

 

極端な話

 

「日本の20代男性の平均体重は55kgです」

「理由は、僕と弟と父の平均体重が55kgだからです」

 

みたいな、ツッコミどころ満載な主張をする記事があったとして、あなたならどう思うでしょうか?

 

「それは根拠とは言わない」

「母数が少なすぎるだろ」

「コイツ、頭おかしいんじゃね?」

「お前の親父は何歳なんだよw」

 

といった、ツッコミをしたくなりませんか?

 

例えが悪かったですが、筆者が真面目にそんな主張をしているケースを考えてみてください。

それを馬鹿にして、優越感を感じる人たちがいることも同時に想像できないでしょうか?

 

クソ記事が持つ価値とは、ここにあると思うんです。

 

クソ記事で自尊心を満たす

人間は自分の意見を主張したがる生き物です。

まして、相手が明らかに間違ったことを言っていて、自分が正しいことに絶対の自信があれば尚更です。

 

また、間違いでないにしても自分の価値観と相容れない意見だったりしても同じことが言えると思います。

 

そんな気持ち(相手の間違いを指摘したい。自分が正しいことを示したい)を満たすために、内容の無いクソ記事は絶好の獲物ではないでしょうか?

 

ツッコミどころ満載だから読まれるし、コメントもつく。

 

ネットの世界ですから、多少乱暴な言い方になっても、匿名性に守られているという安心感もありますし、言いたいことが言える発散の場になり得ると思うんです。

 

 ああ、ここまで書いて気付きましたけど、炎上のことが言いたいのかも。

 

価値ってなんだ?

この記事を通して言いたかったことは、有益な情報や、笑いを提供する記事ばかりが価値のある記事というわけではなくて、一見すると内容が無いクソみたいな記事でも例えば読み手の自尊心を満たすという価値を提供しているのではないか?

 

ということです。

 

そうなると、本当に価値のない記事っていうのは読まれない記事ってことになるのかもしれません。

 

さいごに

クソ記事にだって価値があるんだから、個人ブログなんてなんでも書いてみたらいいんじゃないか、という月並みな結論で締めたいと思います。

 

以上!