かつおログ

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「経験をカタチに」をテーマに、日々の行動・思考を記録、分析、活用し、より良く生きるための方法を考察します。

イジられキャラを生み出す代償について考えてみてほしい

人間関係 人間関係-イジられキャラ
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 イジられキャラと呼ばれる人、周りにいますか?

親しみを込めてこの呼称を使っている人もいると思いますが、イジりという行為は、基本的に相手を貶める行為です。

 

相手の欠点を突いて笑いを取っているわけですからね。


確かにその場にいる多くの人を楽しませているという側面はあるでしょう。

ですが、それはあくまでイジられる側を貶めた上で成り立っているということ、意識したことがありますか?


こう言うと、決まって
「いやいや、俺らがやってるのは愛のあるイジりだから」という反論があります。


それ、誰の意見ですか?
イジられる側が「これは愛のあるイジりだ」と言ってるのを聞いたことがありません。
つまり、そういうことです。

 

イジられキャラだけど友達?

 

イジられキャラは確実に自尊心を傷つけられています。場合によっては、本人も気付かないぐらいじわじわと。


そうして積み重なったものが、イジられキャラを少しずつ卑屈にしていくのだと、僕は思います。

 

イジる側も傷つけていることに気付かない。
イジられる側も傷つけられていることに気付かない。
そうやってお互いに「友達」を名乗っている関係があるとしたら、それってすごい哀しいことじゃないでしょうか。

 

酷な話ですが、この不幸な関係を断ち切ることができるのはイジられる側だけだと思います。
自尊心を守るため、そんな関係からはそっと距離を置く・・・ことが自然にできる人間になりたいですね。

イジメとイジりの違い

イジメとイジりの境界ってどこにあると思いますか。
明確な定義はありませんが、「客観的に見て多くの人が楽しめるかどうか」の違いだけではないでしょうか。

 

そして、その「楽しんでいる多くの人」はイジる側とその周りだけ。
つまり、イジられる側にしてみればイジメとイジりは本質的に同じことだといっていい。

 

だから僕は、イジる側とイジられる側には本当の意味での信頼は成り立たないと思います。
この関係って上下関係と変わらない。イジる側の人、イジられキャラを見下している気持ちがないって言い切れますか?
イジる側とイジられる側の関係は決して対等にはなり得ません。

 

一度出来上がった関係は変えられない


ここまで書いてきましたが、僕もイジられる側、イジる側、そのどちらでもない周囲の人間の立場、全部になることがあります。
ですが、そんな関係ができあがっていると分かっていても、既に出来上がった関係を変えることは難しい。

 

少なくとも僕には、関係を壊す以外に状況を変える方法が思い付きません。無力な話です。

 

だからせめて、自分がイジりをしているという自覚と、イジられている時に感じる気持ちだけは忘れないようにしたいです。

かつおログではブログから始まる人間関係について模索中です。

よろしければお付き合いください。

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